カンヌから帰国しました2008年06月01日 00時22分35秒

カンヌの野外上映会場
27日の夜にソウル経由で帰ってきました。
無事帰国・・・かな、一応。
でもカンヌでの『インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国』試写のときに、
あわてて会場前ですっころび、ひざがずる向け。
いまだに、ちょっと痛みます。



今回、カンヌ-パリ間は、TGVで移動。
カンヌからパリのCDG空港へは、フランスの新幹線TGVで5時間半。
CDGからソウルへは9時間半、ソウルから成田は2時間。
いやあ、疲れた。安上がりにするのも大変だ。


写真は、ビーチでの野外上映会場。
今年は毎晩、『ダーティハリー』をはじめ、
今年85周年を迎えるワーナーの名作が上映されてました。
もちろんタダ。


大変なことも多かったし、映画のレベルも例年よりやや低めの
カンヌでしたが、とっても素晴らしいことも。
あのひとに会ったのだ!
この仕事をやってて本当によかったと思える瞬間でしたな。


こぼれ話などはおいおい。

ナンシー関 大ハンコ展2008年06月16日 11時15分09秒

ナンシー関さんのご冥福をお祈りします

カンヌから帰って以来、原稿書きに追われ、
ほとんど外出していなかったのだが、ようやく一息。
パルコで開かれていた「ナンシー関 大ハンコ展」に行ってきた。


会場は撮影禁止だったので、写真は半券です。
うちのジャッキーが入り口だけ撮ってました。
http://amakuma.asablo.jp/blog/2008/06/12/3574667

 

平日の午後だったのに、かなりの混雑。
会場が意外と狭いこともあって、
展示の前に人垣が出来てしまい、あまり背の高くない
我ら夫婦は見るのにちょっと苦労するほど。
でもとても楽しめました。私がじっくり見すぎていて、
ジャッキーは先に出ちゃったけどね。
意外と年配の人もいて驚いた。
棟方志功版画展と間違えてたわけじゃなく、
おじさんがずっと連れのおばさん二人にナンシーについて語ってたし。
というか、見ながら語る人が多くて、ちょっとうるさかったのが正直なところ。
少し説明するのはいいけど、ずーっと解説し続ける男って、
展覧会に行くと必ずいるよなあ。
だったら、展覧会のしおりでも作ってこいって。


あとから気づいたのだが、この日、6月12日はナンシーさんの七回忌だった。
しかし、約5000個のハンコは見ごたえを感じると共に、
ナンシー不在のさびしさというか、つまらなさをあらためて実感。
みんな指摘してることだが、
去年の亀田騒動や朝青龍vs内館牧子しかり、
母でも金を目指す田村亮子とか、
不ぞろいすぎるごくせんとか、
女アピールに精を出す古閑美保とか、
水谷豊の再ブレイクとか、
いろいろ書いてほしかったよなあ。


さらに会場にいる間、私の目の前である紙がはり出された。
前日亡くなった水野晴郎さんに対するお悔やみ文だった。
ナンシーは、水野さんの自作シールを、
毎日使うスタンプ台にはっていたほどだったんだよね。
水野さんには失礼かもしれんが、年齢的に考えたら、
水野さんの訃報を受けての、
彼女の気合に入ったハンコ&コラムも、読めたはずだったのになあ。
いろいろな意味で残念だ。
お二人のご冥福をお祈りします。

ところで、私が会場で数えた限り(あくまで私が目についた範囲ね)、
会場にあった有名人のハンコで一番多かったのは、
ビートたけしの18個。これはナンシーがオールナイトニッポンの熱烈なファンだったのと、ネタの多さから言って当然だ。
続いて長嶋茂雄、木村拓哉の8個も、納得。


が、中村雅俊が7つもあったのは、意外だった。
なんか、そんなに面白いことあったっけ?
それとも強烈な個性ではないのに、長持ちしている理由について、
書いていたのかしらん。
一茂の6個は、これまた納得なんだけど。
一茂、って考えてみると、イチローなみにファーストネームだけで通用しているな。


ちなみに中村雅俊が一生青春キャラなのに対し、
息子の中村俊太は正反対。
青春なんてねーよバカヤロー的な、鬱屈した、
ひきこもりキャラってのも面白いけどね。
本人の性格ではなく、あくまで見た目や、ドラマでの役柄の印象だが。